COLUMN

2018.11.07

個人事業主コラム「自由への漂流」by Ape 第2話/自由とは ぼくだけに 都合いいことでしょう

高校卒業。支配からの卒業。
実際のところ僕はまともに高校に通っていなかったので、支配などされた覚えは全く無いのだが、それでも何となく解放感に満ち、自由になった気がしたものである。
これから僕はロックスターとして生きていくのだ!

4月1日。ついにその日がやって来た。
目を覚ますと、僕はすぐに洗面所に向かい、身だしなみを整えた。
時間をかけて髪型をセットし、鼻毛のチェックなども済ませると、勢い良く部屋の窓を開け放った。
しかし、外は異常なほどに静まり返っている。
おかしいなと思い、今度は外に出て近所をぐるっと回ってみるも、僕に話しかけてくる者は誰一人いない。
最初は皆状況が飲み込めていないのか、恥ずかしがっているだけかと思ったが、次第に、もしかしたらまだ僕はロックスターになっていないのではないかという疑念が頭に浮かび、一度自宅に戻ることにした。
そうか、冷静に考えればロックスターのような自由な職業が、律儀に4月1日からスタートする訳が無いか、と思い、取り敢えずその日はもう寝ることにして、また翌日同じように近所を歩き回ってみるも、やはり誰も僕に握手やサインを求めてくることは無く、それどころかいつまで経っても具体的なロックスターとしての仕事が舞い込んでこず、これはさてはアレだな。このままずっと待っていても自動的にロックスターになれるってもんでもないな。と気付いたのはそれから1週間ぐらい経った頃であった。

それから僕は、これじゃいかんと心新たに、友人、知人、母親、祖父母など、様々な方面からロックスターに関する情報を仕入れていった。
どうやらロックスターには大きく分けて、シンガータイプとバンドタイプの2種類があるようで、僕の興味は断然バンドの方であったので、まずは自身を中心メンバーとするバンドを結成しようと思い立ち、楽器屋や音楽スタジオなどに用意されているメンバー募集用の掲示板に、好きな音楽の傾向と募集パート、それと問い合わせ先として自身の電話番号を記載した用紙を掲示して、しばし加入希望者からの連絡を待った。
しかし、今にして思うとこのシステム、個人情報の管理方法としては非常に脆弱であり、例えば「当方女子大生でとても可愛い女の子。Vo.以外全パート募集。」といった内容の貼り紙を見つけたら、そこに記載されている番号に電話をかけて、受話器にむかって「ハァハァ」言うことも可能なのである。
まあ、それはさておき、何日か経つと掲示板を見て興味を持ったという人から何件か連絡があったので、それぞれ実際に会って話しをしたりスタジオでジャムったりしてみることにした。
僕はまだ見ぬ未来のバンドメンバーたちとの出会いを非常に楽しみにしていたが、現れたのは休日のお父さんみたいな風貌の男性や、自己顕示欲が無駄に強そうなオタサーの姫みたいな女性など、友人として付き合っていくのも微妙な感じの人ばかりであり、落胆することの連続であった。
それからしばらくの間はメンバー募集の掲示板を見て興味を持ったという連絡がポツリポツリとあったが、やはり自分の希望に合うような人との出会いにはなかなか恵まれず、そうこうしているうちに募集用紙が剥がされてしまったのか、そのうち電話が鳴ることも無くなっていった。

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僕はバンドのメンバー探しと並行して、アコースティックギターを持って街に繰り出して、自作の曲やカバー曲などを人の往来の多そうな場所で演奏する、という活動を時折行っていたのだが、ある時その活動中にしこたま酒に酔った中年男性にスカウトされたことがある。
「君、いいよ!凄くいいよ!今度僕の店で演奏してくれ!ギャラは出す!」
そう言って僕に名刺を渡してきたのだ。男性はバーかスナックのような店舗を営んでいるらしい。
出来ればその場でもっと詳しく話を聞きたかったのだが、男性は終電か何かの都合で急いでいるようで、すぐに立ち去ってしまった。
僕は心の中でガッツポーズをした。これでロックスターに一気に近づけるのじゃないだろうかと。
翌日、早速もらった名刺の番号に電話をかけるも、男性は不在ということだったので、応対してくれた女性に昨晩のことを話す。
すると、すぐに謝罪をされた。男性は酒に酔うと無意味に若者にスカウトをしてしまう悪い癖があるらしく、頻繁にこういったことがあるのだという。
そうですか、ありがとうございました。と、僕は泣きそうになりながら電話を切った。

当時の僕は無職であった。
実家に寄生していたとは言え、ちょっと出かけたりするにもお金がかかるので、最低限アルバイトなどで自分の活動資金ぐらいは調達する必要があった。
学生時代にスーパーマーケットで働いた経験があったので、それなら勝手も分かってすぐに馴染むだろうと思い、隣町のスーパーでアルバイトをすることにした。
勤務初日。今日からよろしくお願いします!と店長に挨拶をすると、「髪長いねえ。切って。あと黒く染めて。」と言われた。
面接の時点ではその点について触れられていなかったし、なによりスーパーの店長ごときが未来のロックスターの髪型を自由にしようなんておこがましいとは思わんかね。
僕は憤慨し、お昼休憩中に不貞腐れて帰宅し、そのままバックレて辞めてしまった。
そもそも自由に生きたくてロックスターを目指しているのに、いきなりアルバイトごときに髪型の自由を奪われてたまるか!すざけんな!と、当時の僕は思った。
それから僕は、これじゃいかんと心新たに、友人、知人、母親、祖父母など、様々な方面から髪型の自由が認められるアルバイトに関する情報を仕入れていった。
当時住んでいた地域には、商品の仕分けをするための物流拠点、いわゆる配送センターというものが多数あったのだが、それら倉庫内の仕分けやピッキング業務は時給もそこそこ高い上、髪型やピアスなど身なりの自由度もかなり高いということが分かり、即応募し、即採用された。
そんなに身なりの自由度が高いなら個性的な人ばかり働いているのかなあと思ったが、全くそんなことは無く、お父さん世代の人が大半だった。
与えられた仕事は、デパ地下やスーパーで販売する惣菜がストックされた冷凍倉庫内で一人黙々とピッキング作業を行うというもの。
人見知りで、とにかく職場などにおける人間関係のストレスを嫌う僕にはとても都合が良かった。
1週間ほど経ち、仕事にも段々慣れてきた頃、僕は自分の体調の異変に気付いた。お腹が死ぬほど痛いのである。
なんだこれは!?何か大変な病気なのではないか!?と思うも、とにかく休憩時間が来るまでは作業を続けなければならないので、なんとか我慢した。
休憩時間が来て、慌ててトイレに駆け込んだところ、僕は信じられないぐらいお腹を下していた。
冷凍倉庫内でキンキンに冷えたベルトのバックルが作業中ずっとお腹に触れていたことが原因である。
それから幾度と無く僕はそのアルバイト先でお腹を下したのだが、毎回トイレを我慢するのが本当に辛かった。
休憩時間中に僕はトイレの中で苦しみながら、こんなことを思った。

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「お父さん世代はお腹が強いのかな……。」
「せっかく良い職場に巡り合えたと思ったのに、こんなにお腹が弱いなんて情けない……。」
「あーあ。せっかくこんなに髪型とか自由な職場を見つけたのにな……。」
「っていうか、自由ってなんだっけ……?」
「あー、なんか段々イライラしてきた。」
「大体さー、こんな倉庫に閉じ込められて単純作業を繰り返すなんて、自由とは真逆の状態じゃねーかよ!」
「こんなクソ寒い倉庫じゃなくてさー、なんつーか、もっと暖かい感じの自由なバイトねーのかよ!!!!」

そんなこんなで、僕はその倉庫内作業のアルバイトを1ヶ月かそこらで辞めてしまった。
そして、いつしか僕の自由を求める旅は、自由なアルバイトを探す旅へと変貌を遂げていたのである。

続く。

(文:Ape、イラスト:ブレヘメン)

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PROFILE

Ape

1983年2月16日生まれ。
音楽活動として2001年より戦慄のオルタナティヴ・ロック・バンド『Very Ape』でヴォーカル兼ベースを担当。
自営で、アパレル&バンドグッズECサイト運営、プリンタブルTシャツ卸売、Webサイト制作などの事業を行っている。

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