COLUMN

2020.05.13

「世界中の様々な場所と、出会った人、その思い出」 by 猫島虎雄 第7回/上海のモモちゃん

わたしは長く上海に住んでいたけれど、上海に馴染めていたとは言えない。
上海は外見主義で拝金主義でびんびんの欲望が剥き出しの大都会だった。
私はそんな上海を好きだったけど、上海は持たざるものを愛してはくれない。

世界中からビジネス意欲のある人達が集まってきていて、貧乏で内向的で宙ぶらりんの私は、友達を見つけるのに苦労した。

モモちゃんは、上海でできた数少ない友達の一人である。だけど私たちに共通点はあんまりない。
むしろ今までの人生で全く接点のなかったようなタイプ。

彼女はモデルだった。
しかもエッチなほうのモデルだ。大きいと良いと世間的に言われているところはみっちりと重力に逆らっており、細い方がよいとされているところは消え入るほど儚かった。肌や髪の毛はぷるんぷるんに潤っていて、笑うとほっぺにキラッと星が入った。
笑うとほっぺにキラッと星が入る女の子、みたことある?

なんだろうなあ、誰もが美人だと言うクラスメイト、学年の人気者、そういう子たちも勿論きれいだったけれど、モモちゃんのきれいさは、素人とはワット数が違う感じがした。

言わないようにしていても、ついきれいだねぇ、と口から出ちゃうたんびに、モモちゃんはいつも、「私は努力してるから。お金も沢山かけているから。」と言う。

私は今までよく知らなかったことだが、いるだけで目立つような美女というのは、存在がお金になるらしい。特に大都会では。
モモちゃんと2人で飲んでいて支払いをしたことがなかった。
バーのあちらこちらから、酒が集まってくるのだ。なんならオーナーが出てきてどんどんワインを注いでくれる。デザートのサービスだって出てくる。誰か知らない人が現れて会計を済ます。
遠くのテーブルで女の子連れてデートしてる男性だって、のけぞってモモちゃんを見ている。

いっつも私の存在を無視している、ギラギラした感じの都会的な男たちがとにかく感じよく、優しい。
これは衝撃であった。あの人たち、あんなに「フレンドリー」で「優しい」のかよ・・・そんなの・・・そんなのみたことないよ・・・。

とにかく周りの男たちを吸引するのがモモちゃんで、飛び交う「あちらのテーブルからです」「一緒に飲みませんか?」というお誘いたちを、「ごめん、今日はガールズナイトだから・・・」と言って断るのが私だった。(まあ、なんだコイツはと思われていたと思う。すまない。)

上海の美女とお金について教えてくれたのも、モモちゃんだ。
美女たちは権力と金のある男に愛でられて何千万、何億と稼ぐ。自分の容姿を社交場やネットで露出すると、お金を払いたい男が寄ってくる。大金を出すのは社会的にリスクがあるような既婚の有名人。
彼らはなんでもお金で解決する。ケンカの翌日は銀行に振り込みがある。愛人が嫌なら、ネットに姿をさらして生活を配信して稼ぐ。男ファンは簡単に増えるが、息が短い。もしネットで長く活躍したいなら女ファンを獲得する。それにはファッションや美容情報の配信などの、コンテンツがなくてはならないから簡単ではない、とか、そんなような話をしたと思う。
私には全く想像つかない世界の話。でも彼女達にはそれが日常。

ただの地味な女と華やかなモデルは住む世界が違ったけど、モモちゃんは私の、芸術の話やフェミニズムの話などを興味深く聞いてくれた気がする。凄まじい金と欲望にまみれた世界にいながら、いつだって素直で朗らかで優しいんだ。

生まれ持った美貌の有無という、なんだか大きな格差があったけれど、それでも私は彼女と自分を比べて悲しくなったり、卑屈になったり、羨ましくなったりしなかった。
私は私の役割があるし、身の丈にあった、愉快な世界に住んでいる。かわいいねって言ってくれる人だっていたような気がする。モテない女でいることだってすごく楽しい。十分幸福だ。美女は美女でいるだけで周りの注意を浴びてしまうし、生き馬の目を抜く世界に招待されて、連れていかれちゃう。それも苦労が多そうだし。

モモちゃんは上海から北京に引っ越していって、最後にダンボール一箱のエッチな服を送ってくれた。網タイツとか、バニーガールとか、ハイヒールとかピチピチのワンピースなど。

さすがに私には無理があるラインナップだったので、そういうのが好きな別の子にあげちゃったけど、段ボール開けた瞬間の、いつもの彼女のランコムの香水と、高級な柔軟剤の匂いには、どうにもこうにも泣けてしまった。

だってわたしの服はどうしたって、そんなにいい匂いは絶対しないから。


猫島虎雄

PROFILE

猫島虎雄

アジアに恋しているジプシー、愛犬家。女