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2021.04.20

早乙女 夏樹 インタビュー | 自分だけが得する道は選ばない。長期的に文化やシーンを盛り上げていくために。

取材・構成:清水 里華 撮影:ゆうばひかり

「ルッソ」=贅沢な世界観を
身近に感じて欲しい。

編集部(以下、編):世界中のファンを熱狂させる伝統あるマン島のバイクレース。そのチャンピオンリングやメダルの制作を手掛けるなど、世界的なジュエリーデザイナーにして、原宿のカフェ経営やバイクのレストアまで幅広く手がける早乙女さん。幼少期からジュエリーデザイナーになるまでの経緯を教えていただけますか?
早乙女夏樹(以下、早):子供の頃から絵が好きで、美術館や博物館へ行くのが好きでした。宝石にも興味があり、観光地などでミニ鉱物セットを買ってもらったりしていました。家系なのか、小さい頃から手先は器用で、小刀などで木を彫ったりしている子供でした。高校卒業後は大好きなバイクの整備を仕事にしようと思っていたのですが、ふと興味を抱いた宝飾専門学校で体験講座を受けてみたところ、とても面白かったのでそちらへ進学しました。在学中は既定のカリキュラムを半年早く修了できたため、通常の学科では学べないいろいろなことを先生達が教えてくれたんです。元々、古代ヨーロッパなどで使われていた文様が好きで、それらをモチーフに彫りや透かしを施したり、金を調合して新しい色味を作るなどの実験なども楽しかったですね。今に通じるデザインの世界観はその頃に培われたかもしれません。そして在学中からジュエリーの制作・販売を始めました。またコンテストでも入賞していたため、ジュエリーメーカーから声がかかり、21歳でジュエリーデザイナーとして就職しました。

編:最初はメーカー勤務だったのですね。どのような経緯で独立されたのですか?
早:社員が少ない会社だったため、入社後まもなく店舗の運営も任されるようになりました。2〜3年経つ頃、自分流の経営ノウハウが蓄積されるに従い、会社の経営方針に違和感を感じるようになったため、独立しようと思い立ちました。

編:それが「ルッソデザイン」なのですね。カフェの名前にもなっている「ルッソ」の意味とは?
早:イタリア語で、「上質」や「さりげない贅沢」などを指す言葉なのですが、既製品にはない良さをもっと多くの人に身近に感じてもらいたいという気持ちを込めています。

手でしか作り出せない
ゆらぎやラインを大切にしたい。

編:デザインのアイデアや源泉はどんなところから得られているのですか?
早:元々好きだったヨーロッパのアンティークやケルト文様、オスマン帝国時代の工芸品や、日本の伝統的な文様などからですね。旅先のアンティークショップなどにも大概立ち寄りますね。昔の建物やプロダクト、工業製品や車、バイクを見たときにも、 「このラインでシェイプしてみよう」とデザインに取り入れたくなります。木や花、植物、プロダクトのボディラインなど、あらゆるものがモチーフになりますね。

編:日頃から資料のストックなどされているのですか?
早:基本的には物理的な資料をストックする事はあまりせず、脳内にイメージをひたすら蓄積していくといった感じでしょうか。実際デザインをする時も、空中に指でラインを引きながらイメージを膨らませ、最終的には図面に落とし込みます。プロトタイプを作る時にはワックス(ロウ材)をシェイプしながら、脳内のデザインと実物の整合性をとっていくような感じでしょうか。

編:手作りならではの感覚を大切にされているのですね。
早:基本的には手で作る事にこだわります。 CADでかっちり削り出すのとは違う、手でしか作り出せないゆらぎやラインを大切にしたいんです。神は細部に宿る、ではないですが、印象がまったく変わってくると思います。これはジュエリーに限らず、カフェのレシピを考案したり、バイクのレストアを行うときにも通じるものがありますね。思った通りのものが作れた時にはやりがいを感じますね。あまりにもよくできた時には渡したくないとさえ思います(笑)

唯一無二でありながら、
素材の個性は殺さないという理想。

編:なるほど。早乙女さんがものづくりで大切にしていることは何ですか?
早:基本ですが、丁寧な仕事をするという事でしょうか。ジュエリーの磨きも、バイクも、加工も、製造工程の一つひとつを大切にしています。あとは素材の良さを活かすこと。例えばジュエリーの素材である貴石や貴金属にはそれぞれの特性があり、最適な扱い方があります。その部分を熟知した上でデザインをするという事が重要だと考えています。バイクのカスタムに関してもそうですね。元のデザインや機構を熟知した上で手を加える事が、最終的な完成度を左右すると。作ったものを喜んでもらえたときは本当に嬉しいですね。

編:ところで、かのマン島でのバイクレースのチャンピオンリングを手掛けられた経緯とは?
早:数年前に、私が経営している原宿のカフェに、今でも根強いファンを持つ個性的なマシンを生み出したバイクデザイナーの方がふらっと来店されまして、あいにく私は不在だったのですが、スタッフに「逢わない?」と伝言を残していただいたのがきっかけです。その後実際にお会いしたところ、感覚的に意気投合しまして。実はその彼のデザインしたバイクがかつてマン島TTレースを走っていたという背景から、レースの若返りを図ってさらに盛り上げるために何ができるか、という話をマン島側としていたそうなんです。それで、チャンピオントロフィーではなく、もっとわかりやすいインディ500やメジャーリーグみたいなチャンピオンリングがあるといいよねという話になり、いくつかのデザインをマン島のレース運営サイドへプレゼンしたところ私のデザインが選ばれ、チャンピオンリングやメダルのデザインと製作をすることになったんです。長い歴史の中で初めて授与されるという事で、とても名誉なことですし責任重大ですが、チャンピオンたちがこのリングを着けてくれている様子を見ると本当に嬉しく思います。

編:マン島の紋章をモチーフにしたチャンピオンリングはそんな経緯から生まれたんですね。
早:はい。このモチーフはトリスキールと呼ばれ、決して倒れない不屈の精神を表していると言われています。

業界全体を盛り上げるために、
この時代を生きる自分に何ができるか。

編:レース全体を盛り上げるという願いも込めて。
早:そうですね。先述のバイクデザイナーと意気投合したのも、もともと衰退しつつある文化を盛り上げたいという思いがあったからだと思います。私が原宿にルッソカフェを開いたのは、自分の仕事の拠点というだけでなく、あらゆる表現者達が集い、交流する事で様々な「動き」が生まれるという循環を作りたかったという狙いもあります。アートやバイクって、興味のある人は見るけど、興味のない人はまったく見ないという世界ですよね。それがもったいないから、普段交流する事の無い業界同士をつなげられたらと、様々な方にご協力をいただき、「アート・ライフ・モーターサイクル」というコンセプトでイベントを開催した事もありました。その時には四谷3丁目の会場に60台近くバイクも集まり、アーティストやミュージシャンとライダー達が様々な交流を持ってくれました。

編:自らシーン全体の盛り上げ役を買って出ていらっしゃるのですね。
早:自分だけが成り上がるのは簡単だと思うんです。単にお金を儲けるだけなら他の業界でもいい。でも、あえて好きなことを目指したのは、衰退しつつある業界全体を盛り上げたいという思いがあったからです。ただ、ビジネスに関してもイベントに関しても、どうしても短期的な結果を求められる事が多い為、長いスパンで物事を考える自分のやり方が理解されない局面も多々あります。(笑)

編:耳の痛い話です。つい短期的な目線になりがちですよね。
早:たとえば、目先の利益のみを追うような刹那的なやり方をすれば結果的に自分の首を絞め、かえって利益を生みにくいような体質に自ら陥ってしまう。その悪循環を断ち切る為に、実際に価値のある物は適正な価格で売れるような仕組みや価値観を作り出していく事が最も必要だと思います。なかなか難しい事ではありますが・・・これはジュエリーも、バイクも、全部そうだと思います。

一見不利益に見えるような事も、
別の視点から前向きに捉える。

編:なるほど。では、早乙女さんの使命とは何だとお考えですか?
早:自分自身の傾向として、メインで活動することも多いんですが、サポート役に回ることも結構あります。「使命」という程の事ではないですが、困っている人には手を差し伸べますし、助け合いの循環が生まれ、結果として全体が活気付けば良いと考えています。

編:カフェの1階の壁もギャラリースペースとしていろんなアーティストに無料で貸し出しされていると聞きました。
早:はい。2階の「R・P・M   BAR」にもレンタルボックススペースを設けており、いろんな作家の作品を展示しています。この店は宣伝の場でもありますが、人と出会うための場でもある。集ってくる人たちに新たな才能を発揮、そして発掘してもらい、衰退している業界を盛り上げ、ひいては時代の活性化につなげるのも自分の役目だと考えています。

編:今後の目標を教えていただけますか?
早:そうですね、繰り返しにはなりますが、自分一人だけの事でなく、自分の生きるこの停滞感のある時代全体をどう元気付けていけるか。その事を念頭に一つのジャンルだけにこだわらず広く活動していけたらと思っています。

編:最後に、早乙女さんが思う「自由」とは?
早:難しいですね。好きな事を仕事にしているという意味ではとても自由にやらせてもらっていますが。(笑)実際は自由に見えるようになればなる程、どう生きるのか、どう選択するのかを自分で決めなくてはいけなくなります。勿論その結果に関しても自分で受け止めなければいけません。自由になったはずが逆に不自由になるという相反する事が起きる場合もあります。むしろ自分のやりたい事が具体的にあるが故に不自由と感じる事もあるので、不自由と感じる状況自体が悪い物ではないと思います。全面的な自由という事は生きている上であり得ませんので、まずは自分で決めた一つの事を達成し、状況を乗り越え自由「感」を得るという事を目標にすると良いと自分は思います。そうしていくうちにそれぞれの自由が見えてくるのではないでしょうか。

1日のタイムテーブル

  • 11:30起床
  • 14:00仕入れや買い付け等
  • 17:00打合せ等
  • 22:00店舗チェック
  • 1:00帰宅
  • 2:00デザイン、作業等
  • 5:00就寝

自らデザインを手がけた数種類のチャンピオンリングの中の一つ。

お気に入りの1930年代のアンティークリングはバイクを傷つけないよう小指に。

愛用の時計。ベゼルの蛇柄がパヴェセッティングで表現されているのが、ジュエリーブランドらしく気に入っている。

K18ホワイトゴールド製、帯留めの大振りなローズクオーツをリフォーム。特殊な石留方法を使い、裏側からみた時に石にハートの影が映る仕組み。

PROFILE

早乙女 夏樹
(ソウトメ ナツキ)

株式会社Verno 代表取締役
ジュエリーデザイナー
LUSSO CAFE HARAJUKUオーナー
LUSSO DESIGN 代表

1982年生まれ。
日本宝飾クラフト学院卒。
メーカーデザイナーを経て独立。
その後LUSSO DESIGNを設立し原宿へ拠点を移す。
2015年LUSSO CAFEオープン。
2018年より製作したリング、メダル、ブレスレットなどが、マン島におけるバイクレースの公式賞品に採用される。
2020年株式会社Verno代表取締役就任。

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