COLUMN

2020.07.29

「東京で魔女になる方法」 by 猫島虎雄 第1回/渡部の不倫と多目的トイレのフィールドワーク

恋愛相談ほど、無意味なものはない。

パートナーへの不満や不信を口に出して、女友達が決まって「ありえない、そんなやつ別れなよ」と言うだけである。そして、「別れたくないけど、そんなこと言われるなんてやっぱり彼は良くない相手なんじゃないかな」とかますます不安になるだけである。気持ちが晴れるわけ、ない。

だって全ての個人対個人の関係はオリジナルで唯一のものであるし、現実、現実というものは、今私が酒を飲みながら鈍った判断力で、被害妄想でいっぱいの頭で、口に出して説明した数分の情報の何億倍と複雑で豊かなものであり、他人が理解できることなんて1パーセントもない。

渡部の多目的トイレの不倫事件以来、ずっとそのことが気になっていた。
だって私は、好きな人に多目的トイレに呼び出されたら、絶対に行くほうの女だから。

渡部は自分の住んでいる六本木ヒルズの多目的トイレに、不倫相手を呼び出して、事が終われば1万円を握らせて帰らせた。

ゲスである。ゲスであるし、まず渡部はセックス依存症の可能性が高い。治療してほしい。
不倫の道徳的良し悪しはとりあえず置いておいて、なにより自分がそんな扱いを受けたら悲しい。
だって多目的トイレなんてあまりにもお手軽だし、その後の渡部の、「安全に遊べる女性だと思った」「気持ちが入ったことなど一度もない」というコメントにも、なんだか過去の報われなかった恋心を思い出してしまって、泣けてしまう。多目的トイレに呼び出され、交換可能な玩具として扱われた女性に対して、自分を重ねて悲しい気持ちになってしまう。

だ、けれども、でもさ、私は同時に形式にこだわりたくない人間でもあるのだ。
「穢れのない一夫一婦制」で、「素敵なプライベート空間」で、「愛のあるセックス」じゃなければいけない、なんてことは思わない。
世間の決めた正しい恋愛やセックスはこうあるべきだ、という倫理観にハマってしまい、苦しい思いをするのも意味がない。
例えば結婚後に(全員の合意を得て)パートナー以外とセックスしたり、多目的トイレで(必要としている人の迷惑にならない範囲で)セックスしたりする事については否定しない。だってマンネリと退屈って魂を殺すよ。
つまり現地集合現地解散で、多目的トイレでクイックセックスをして、全員が満足する、という事だって可能なはずである、と考えている。渡部は不倫相手との関係のバランスを失い、週刊誌にリークされ、多くのものを失ったけど。

ねえ、だって本来さ、例えば仕事場で内緒の関係があってさ、ビルの多目的トイレで待ち合わせて、一瞬だけイチャイチャして、サッと戻るとかさ、そんな妄想があっても良くない??ねえ、そんなこと実際しないかもしんないけどさ、最高じゃん、はぁ、わたしの多目的トイレへの憧れを汚しやがって、渡部め。

それから多目的トイレがやたら気になってしまうようになり、出先で必ずチェックするようになってしまった。
もし私が多目的トイレに誰かを呼び出すなら?或いは誰かに多目的トイレに呼び出されたとしたら、という視点で真剣に多目的トイレを見直してみる。散歩がてらすこし遠くの多目的トイレまで足を伸ばしてみる。

中に入り、ここで出来る行為の可能性を想像してみる。

当たり前のことだが、いざ通ってみるとセックスに適した多目的トイレなんかない。
ビルの多目的トイレは管理が厳しく、ガードに見つかったら怒られるし、ドアのすぐ外には人の気配がする。出入り口に監視カメラもついている。公園は人の気配が少なく出入りが緩いが、中が臭くて汚くて滞在したくない。つまりどちらも落ち着かない。
(そもそも、本来、多目的トイレは車椅子の人が用を足したり、ママやパパが赤ちゃんのオムツを替えたりする場所であり、そう行った人への配慮が散りばめられている、やさしい場所だ。やさしくあるべき、ケアしたりケアされたりするための場所。)

多目的トイレ、全くセックスに適さないじゃん、え、渡部ってすごくない?というのが、第一の感想である。

近所の散歩コースや家の沿線の多目的トイレを周り、出先のついでに六本木ヒルズの渡部の不倫現場も拝見してきた。
多目的トイレとしてはけっこうラグジュアリーである。綺麗だし広い。でも、やっぱり全然お手軽な場所じゃない。常に人の気配がして落ち着かない。エレベーターのすぐ向かいにあり、見つかる可能性だって高い。出る時にエレベーターが開いたら終わりじゃん、あと人が待っていたら。

もっと安全で手軽な場所はいくらでもある。オフィス、停車中の車の中、ホテル。
もっと安全で手軽な相手はいくらでもいたと思う。お金を渡す事で割り切れた相手。つまり風俗嬢、デリヘルとか。
逆にもっとスリリングな場所や、トイレフェチならもっとダーティな場所がある。

なんで渡部はここで、あの女性とセックスしたのか、一発で納得できるインスピレーションはない。だけどスリルさとお手軽さと清潔さといやらしさを掛け合わせた場合、もしかしたらけっこう適した、妙にリアルな、ある意味奇跡的な場所かもしれない。

ねえ、そうだとするとさ、もしかしてさ、「多目的トイレがお手軽だからお手軽な女を呼んだ」わけではなくて、あの彼女と、多目的トイレファンタジーを実現させたかったのかもしれないし、渡部も私みたいにマメに足を運んで、ベストスポットを一生懸命探したのかもしれない。六本木ヒルズ内にある多くの多目的トイレから、一番実現しやすそうな場所を。

それって、もしかしたらひょっとすると、ある種の、何かしらに対する愛みたいなものなんじゃないかな?めんどくさくて非合理な事に向き合うやる気って、愛?と呼べるんじゃないかな。私の中の定義ではさ、愛にだいぶ近い。(いや、愛ではないな、多分執着。自分のファンタジーに対する執着かな。でも愛と執着って似てる。)

渡部が彼女のことを愛していたかは知らないけど、彼女と多目的トイレでセックスすることについては、こだわりと情熱があったに違いない。だってみんなが思うより、並大抵のことじゃない。ゲスかもしんないけど、なかなか情熱のあるゲスだ。

ただ文字面で見えるものなんて、現実の1パーセントもない。自分の身体を使って足を運んで味わってみてみると、思いもよらない多くの事が見えてくる。いつもそう。

(なんちゃって。本当は渡部は深刻なセックス依存症なので、カウンセリングに行かないといけないと思う)
(あと多目的トイレの目的外使用は必要な人の迷惑になるのでしてはいけないよ)

PS. あれから偶然にも、私も多目的トイレで出来事があった。
その日は普段着慣れない浴衣を締め付けすぎてしまい、内臓を圧迫し血圧が下がり、貧血になってしまっていた。
そこで一緒にいた友人に紐の具合を見て欲しいとお願いして一緒に行ったのだ。
普段、着物をきっちりぴっちり美しく着る気高い彼女が、トイレの床にしゃがみこみ、私の帯の中に手を入れ、深く埋もれた場所で身体を締め付けているバンドを探り当てふっと解き、かつ、「わたしの帯の中に必要ない紐が一本あるから代わりにこれで締めよう」と言って自分の帯の中に手を入れてするっと抜き、わたしの腰に回した。
私はクラクラした頭でぼおっと、なんて頼もしくて強くて美しいことだ、と思った。

なんだかもうこれで十分大丈夫だ、私は多目的トイレに対する豊かなファンタジーと共に、生きていける。

猫島虎雄

PROFILE

猫島虎雄

アジアに恋しているジプシー、愛犬家。女