COLUMN

2021.03.09

「東京で魔女になる方法」 by 猫島虎雄 第5回/する男としない男(確定申告を)

秋から年末にかけてひどくストレスが重なり、心身の状態を悪くしていた。
元気がない状態で、数年前ちょこっと(でも激しい)恋愛関係だった人に偶然再会した。
安心と、元気もりもりの自分を知る人に今の姿を見られた情けなさで、ついぼろぼろ涙が出てしまった。それを心配した彼が夜に電話をかけてきてくれた。

話は思いがけず盛り上がり、ふと聞かれた。なんで俺と付き合わなかったの?と。

私は即答した。「確定申告してないから」と。

私はもう、そういう、税金払わないとか、選挙に行かないとか、そういう人とは軽々しく付き合えない。そういう年齢になっちゃったんだもん。
リスクマネジメントするんだもん。

もっともっと若かったらねー。後先考えない魅力的な野生児と過ごす日々は最高に楽しかったかもしれない。

彼は「えっ、それ?それなの?ごめんけどそういう事は今世ではする予定ないわ」と答え、
大笑いし、来世もし確定申告していたら再開しようという約束をした。

はて、その、数日後

別の男友達から電話がかかって来た。
「ねえ、今さぁ、確定申告してるんだけど終わんないんだよね、ウチ来て手伝ってくんない?終電まで」と。

はあああ、なんて都合のいい女!部屋に呼び出されて!確定申告して!終電で返される!
無料のデリヘルってやつだな、こりゃあ

キュンとして即答した。「タクシーで行く」と。

お互い性愛の対象としての興味はない。ただ私は確定申告にこだわっていたし、
彼はマジで確定申告がピンチだったのだ。

きちんと整えられたベッド、どこを見てもピカピカで、いい感じの本が並ぶ。
ミシェル・ウエルベックだ。
置かれたものはすべからくこだわりがある。無駄なものはない。仕事の出来る人の、色気のある部屋。

確定申告は思いの外楽しかった。
というかまあ、人の仕事を手伝う優しさと、手伝うからもらえる優しさが染みた。他人の領収書を眺めていろいろ想像するのもなかなか良かった。


私も彼も仕事で大いにストレスを感じてしんどい時期であった。

商売で自己実現しようとすると暴君になるし病むけれど、自己実現を諦めたら人生はあまりに味気がない、ストレス解消しようと休日奇抜な事をやってみるけれど、それでは結局虚しさは満たされない、と。

彼は言った。でも、日々好奇心をこしらえてそれをクリアしていくと、少しいい気分になれるかも、と。

一番でかくてチーズが4種類のったピザを頼んでみて、どういうものか見届けるとかさ。と。

チーズでどろどろのピザは重たくてすぐ飽きちゃったけど、箱を開けた瞬間の高揚はまあ、なかなかだった。

終電まで確定申告をやり、むろんサクッと立ち去った。
だって私達は確定申告だけの関係だから。

でも、久々に、何事にも代えがたい、美しい夜を過ごして満たされた気持ちになれたんだよね。

セックスでもドラッグでもない。恋でもない。
確定申告。

猫島

PROFILE

猫島虎雄

アジアに恋しているジプシー、愛犬家。女