FEATURE
2023.09.19
FEATURE
2023.09.19
もしもその音楽と出会っていなければ、いまの自分はない。人は誰しもが、そんな人生の転機となった音楽を持っているもの。そこでこのコンテンツでは、各界のFREEZINEたちに、自分史上において転機となった10の音楽を選んでもらい、当時のエピソードと共に紹介していただきます。選ばれた音の並びから、人となりが見えてくる。
大好きで影響を受けた音楽は数あれど、「人生の転機になった」でしょう?それならまずこれを挙げなければならない!小学生の頃、日本のフォークミュージック好きの父親のレコード棚から見つけ出した異様なジャケットと訴求力のあるタイトルのLP。好奇心のままに初めて再生させた時、それまで聴き馴染んでいたポップスとは全く違う音と独特な歌唱に激しい抵抗を抱いた記憶がある。特に最後のタイトルトラックの絶叫は、ふざけているのか怒っているのか形容不可能な印象を持ち、直感的な好きや格好良いとは全く違う、明確な「異物」を自分の中に植え付けてきた。この異物は後々、徐々に自身の激情と結びついていき、自己表現を掴む重要なファクターとなっていった。この時これを聴いていなければ、自分は音楽に対して今よりも遥かに不寛容で、当たり障りのないポップスを聴いて完結し、模範的社会人になっていたかもしれない。
幼い頃から姉に聴かされていた音楽の中で明らかに音の質感が違って聴こえたB'z。しかし決定打となったのはこのアルバムで、10歳の頃に姉が住んでいた岡山へ旅行に行き、姉の家にて家族で昼寝をしている最中、リビングにあったこのアルバムをこっそり再生させた瞬間に感じたゾクゾクとした高揚感こそが生まれて初めて味わったロックの衝動だったと記憶している。1曲目の「DEEP KISS」なんか未だに前奏を聴くと「一体何が始まるんだ!?」という未知の野性味が頭を支配してくる。名曲の連続、しかも1曲ごとのアレンジのアプローチが全然違っていて稀有なほどのバラエティ性を誇っている。自身の活動において幾ら尖ったことを画策しても常に明快なポップさを同居させようという意思が働くのは、一生このアルバムの衝撃を信じているから!
中学生になって流行のJ-POPを手広く聴くようになった僕は、偶然当時のカリガリの公式ホームページに辿り着く。その奇怪なデザイン性に衝撃を受けてすぐに音源を聴くも、一筋縄ではいかないその捻くれた音楽性に初めは頭の中「???」だらけだった。アルバムを通して安直な盛り上がりを一切提供してくれず、聴き終える度に強烈な違和感を残していく。しかし、その違和感が猛烈に気になって数回聴き続け、頭の中で噛み砕いていくと、それまでちぐはぐに聴こえたそれぞれの試行が強いテロリズムを画策して機能していることが伝わってきて、今までに感じたことのないニュアンスの衝撃が突然遅れてやってきた。それまで直感で聴く音楽を決めていた自分の価値観がひっくり返る体験だった。「良さが分かりそうだから聴いてみよう」ではなく、「良さが分からないから聴き込んでみよう」という考え方を持つきっかけとなった。カリガリはメンバー全員がそれぞれ違うベクトルの音楽マニアであり、そこを辿ってメインストリーム以外の音楽を自発的に探すようになった。
当時のYahoo!掲示板で何十も歳上の音楽ファンにカリガリを布教する生活を送っていた所、「あなたならスターリンを気に入るのでは?」と薦められて買ってみた遠藤ミチロウのDVD付きエッセイ集。その30分間のDVDには、とにかくキッタネエのに目も耳も離せない、謎のバンド「THE STALIN」の衝動の結晶が収められていた。このメジャーシーンとはかけ離れた音源を売るべく、最初期には1000枚のソノシートを道行く人に押しつけた等の逸話がエッセイには書かれており、尖った音楽を最小規模から拡げていけるんだというDIY的な思想がこの本から身についた。そこから僕は、当時作り始めていた自作曲の音源をB'zやカリガリのファンサイト掲示板に貼り付けまくり、各所で袋叩きにあうという生活を始めた。
知っている音楽を頼りにして知らない音楽へとネットサーフィンを繰り返していた僕は、ライナーノーツの文章中に知らないバンド名が見つかれば調べ、HMVでイントロ30秒の試聴(32kbpsの電話音声のようなガピガピ音質のやつ)をしてみるというサイクルを得意としていた。その中で見つけた得体の知れない音像を持つバンド「BOREDOMS」。お小遣いを貯めて買ってみたものの、良いという感覚をまったく得られず、全尺68分を聴くことが苦行に感じられた。しかし同時に普通じゃないオーラを纏っているように感じ、過去カリガリの体験を経ている僕は、他の人が共有している感動に達するまで繰り返し聴き続けようと決意する。苦行と感じられても毎日聴き続けた。そして半年くらい経ったある日、それは突然訪れた。再生させた瞬間に頭がパーン!となって世界が開ける感覚をおぼえた。そこから聴き終わるまでは一瞬だった。全ての景色や音がキラキラしているように感じ、全ての音楽の良し悪しが溶けてしまった。その興奮は翌日も翌々日も治まらなかった。この体験は自身のイマジネーションのタガを外し、ヒッキーPとしての音楽思想を形成していく原動力となった。
当時愛読していたTHE MAD CAPSULE MARKET'Sのファンサイト「MAD中毒」にて、管理人の方がこの作品を「あぶらだこのアルバムは1000回聴いてクソだったとしても、1001回目に神になるから絶対聴き続けろ」と紹介しており、「これはまるで自分の為に紹介してくれているようだ・・・!」と感じたので聴いてみたアルバム。当時高校生の自分はどんな音楽でも全力で聴いてやるぜという状態で、リスナーとしての自信には充ち溢れていたのだけれど、このアルバムはこれまで聴いてきた如何なる音楽とも決定的に違い、果たしてこのバンドの魅力を受け止めきれるのかと不安を覚えた。一定のリズムを刻むほぼ全てのポップスと違い、一拍一拍が全てバラバラのリズムに聴こえる、極端な緊張性を持つバンドサウンド。しかしそれを少しずつ噛み砕いていくと、この複雑なリズムで構成されながらそれぞれの曲は起承転結のうねりを持っており、唯一無二の道を歩み続けるバンド・あぶらだこの進化の行き着いた先だということが伝わってきた。みんな音楽に対して一定のリズムであることを当たり前に享受するけれど、自らの意識は果たして常にそんなに一定だろうか?そのような疑問を自分自身に投げかける最初のきっかけとなり、1001回を待たずして僕の音楽価値観の大部分が更新されていった。
修学旅行の個人行動時、京都のCD店で村八分の「ライブ+1」と共に買ったアルバム。前述のBOREDOMSの魅力を享受し、摂取するあらゆる音楽がキラキラ輝くようになっていた確変状態の僕でも、このアルバムに関しては聴いても全くキラキラ輝いてくれず、新たな試練の到来を予感した。アルバムの大部分を不協和音のコードと脱力した単音の連打が鳴っているように聴こえ、ボーカルのピッチもこれで合ってるのかどうかよく分からないまま聴き終えたおぼえがある。1年間くらいはそのような状態が続き、このアルバムについて考えるだけでゲンナリするようになっていた時期もあった気がする。しかし何か月かぶりに手に取った時に急に気づき始めた。この作品はただ漫然と不協和音を鳴らしているのではなく、冷静に不協和音を用いて未知のリフやフィーリングに足をかけている他の誰とも比較ができない実験記録なのだと!それに気づくと1曲1曲それぞれが持つ独特な造形も味わいもどんどんと見えてくる。何にも使えなさそうな心地の悪いガラクタ音が、今までに感じたことのない鋭いイマジネーションを連れてきた。「これが新しい創造性を生むんだ!」と糸口を掴んだ気になった。こうして着々と現在の僕の価値観は確立されていった。
ネット上では初音ミクのムーブメントが始まって自身もボカロ曲を作り始めていたある日、当時隆盛をきわめていたSNS・mixiにて交流していた方のお薦めで「魔ゼルな規犬」というアーティストの試聴サイトを踏んだ。音が鳴って数分後、僕は嗚咽し号泣していた。どろどろの感情を寄せ集めたかのようなサウンドコラージュと美しいトラックメイキングに心をジャックされた。3月14日に初めてのアルバムをディスクユニオン限定で発売するらしく、通販もじきにする見込みではあるが現時点では未定とのこと。とてつもない衝動に突き動かされた僕は、このCDを買うためだけに上京し、生まれて初めてディスクユニオンの門をくぐった。その後の僕は新宿の路地にしゃがみ込み、持参のCDウォークマンで日が暮れるまで繰り返し繰り返し聴き続けるだけだった。家に帰った僕はすぐに魔ゼルな規犬にインスパイアされたボカロ曲「魔ゼルな規リン」を作り始め、翌月にはニコニコ動画に投稿するに至る。その曲が生んだ僅かな反響が、その後の僕のボカロ活動を大きく左右していった。
ボカロシーンに触れてからというもの、数多くのボカロ作品が僕の価値観を刷新していった。haruna808の「いのちのうた」、なっとくPの「Palila」、マッペの「あるあさの くるいうた」、曼荼羅Pの「曼荼羅」、broilerの「朝腐り誘導に湧く」など・・・。その中でも大丈夫Pの音楽性は僕自身の音楽性にも作用し、また僕自身の活動が彼の音楽性にも作用していた実感を持っている。要は僕と彼の間には、厳密な音楽性はそれぞれ違ったものの、より尖ったヤバいアイディアを出し合っていこうとする相互作用が働いていた。その衝動の発展がCDアルバムというパッケージに記録されているのが「抱いて」だ。ボカロシーンは多くの人が描いているイメージより遥かに自由で、DAWに思いっきり衝動をぶち込むパワーさえあればジャンルや常識の壁など楽々と飛び越えてしまう。世界中の誰も到達したことがなかった暴力性、そしてその楽しさがこのアルバムには徹頭徹尾詰まっている。この驚異的なアバンギャルドと手を繋げたことが、僕がクレイジーの扉を完全に開く決定的な一押しとなった。
2022年、情報収集のために観ていたAbemaTVの番組「火曜THE NIGHT」。その最終回のスタジオライブで彼らは現れ、番組のための書き下ろし曲を披露した。真正面からの泥臭いポップミュージック、思いが込められた歌詞、それを歌う2人の表情。今まで聴いた誰よりもポップソングの力を信じている2人に見え、気になって聴いたこのアルバムにただならぬ普遍性と訴求力を感じた。名盤だった。この伴奏のこのメロディーにはこの言葉選び、この歌声、この歌い方じゃないといけない気がした。そこから毎日、僅かな時間の隙間さえあればこのアルバムを聴くという生活が始まり、翌月にはライブに足を運んでいた。今までずっとインドアな音楽の楽しみ方しかして来なかった僕が、生まれて初めて「特定のアーティストのライブに通う」という習慣を持つようになった。素晴らしい音楽を創造するアーティストは数知れずいるのに、なぜ彼らを特別に好きなのかはまだ言語化しきれない。でも多分このアルバムは生涯聴き続ける気がする。
猛烈に影響を受けた音楽、人生の記憶に食い込んでいる音楽、激愛している音楽だけでも余裕で10を超えてしまうので、今回は「人生の転機になった」という点を意識して選んでみました。深く突き刺さっているのは邦楽の方が多いことを再確認しました。普段はポップな音楽も多く聴くのですが、やはり人生の転機となるのは「異物」との出会いなのではないかと思いました。
変なボカロP。アンダーグラウンドカタログ初代編集者。バンド「処女A」のフロントマン。長らく一部の尖ったボカロリスナーの間だけで囁かれる存在だったが、近年になって海外の音楽評論サイトRate Your Musicを通じて海外のコアな音楽リスナーに知られ始める。これから更にヤバいアーティストになっていきます。