COLUMN

2020.05.26

「自由への漂流」by Ape 第5話/このまま全てが叶うようなそんな気がしてた

文:Ape イラスト:清水 里華

2001年12月に結成した僕のバンドVery Apeは、定期的に地元のライヴハウスに出演するなど一応傍目にはそれっぽく見える活動をしていた。
しかしその実態は、誰もいないフロアに向かって独りよがりのロックンロールを垂れ流すだけの、なんとも虚しい活動だった。
しかも、当時はまだ駆け出しだったため、ライヴハウスに出演する際に集客ノルマなるものを課せられていたのだが、結成したばかりの素人同然のバンドにお客さんが付いている筈も無く、当然毎回ノルマは達成できなかった。
ノルマに満たなかった場合、余ったチケットは自分たちで買い上げる必要があったので、当時はライヴをする度に数万円の赤字が出ていた。
今にして思うと恐ろしく悲惨な状況であるが、当時はこの活動の延長線上にロックスターの未来があるのだと信じて疑わなかった。
ライヴ。スタジオ。機材。出費ばかりがかさむ。アルバイトで稼いだお金のほとんどがバンドの活動費として消えていってしまう。
でも仕方が無い。バンドマンが貧乏なのは当たり前のことだ。貧乏はバンドマンの勲章だ。そんな風に思うことで無理やり自分を納得させていた。
唯一の救いは、その活動費を稼ぐ手段であるアルバイトがとても楽しかったことだ。
もしこの時のアルバイトが辛いだけのものだったら、僕は早々にバンド活動をやめていたのではないかと思う。

当時僕がアルバイトをしていたビルクリーニングの会社(前回のコラムにも書いた会社)は、ショッピングモールや病院やホテルなどの大型施設に年配のパートスタッフを常駐させて、掃き掃除や拭き掃除などの日常的な清掃業務を行っていた。
そうして毎日掃除をしていればずっと綺麗な状態を維持できるように思うが、モップや雑巾では落としきれない頑固な汚れは蓄積されていくし、人々の往来の多い床面のワックスはどんどん剥がれていってしまう。
そのため、月に1回か2回ぐらいのペースで特殊な機材や洗剤を使用した少し大掛かりな清掃を行う必要があるのだが、この会社ではそれを定期清掃と呼んでいた。そして、僕が所属していたのはその定期清掃を専門に行う部署だった。
同じ部署で働くメンバーは、30代~40代の管理職の正社員が3名、20代前半~半ばの現場リーダーを務める契約社員が6名、契約社員とともに現場で作業をする10代後半~20代前半のアルバイトが20数名というような人員構成だった。
作業は、契約社員1名+アルバイト2名~4名を1つのチームとし、毎日3チーム~5チームがそれぞれバンで現場まで赴いて行うのだが、そのメンバーは常に固定という訳ではなく、アルバイトのシフト状況・能力・全体のバランスなどを考慮しながら日々編成されていた。
というのは建前で、実際には社歴が長く声が大きいリーダーが有能なアルバイトを先に確保してしまい、社歴が浅く若いリーダーのチームには新入りや体力の無いアルバイトが充てがわれる非常に不公平な運用がなされていた。
ちなみに僕は、大体どんな業務でも一定以上のレベルでこなせたし、誰とでも卒なくコミュニケーションが取れたので、契約社員の中でも特に強い立場の2人に気に入られて、このアルバイトに携わっていた期間のほとんどはそのどちらかのリーダーのチームの一員として仕事をしていた。

高身長で細身。日サロ焼け。肉体労働にも関わらずいつもヘアワックスで丁寧にセットされた髪型。
異常に高い位置からオリーブオイルをジャブジャブ注ぐことで有名な某イケメン俳優にどことなく似ていたので、ここでは速水さんと呼ぶが、彼は現場リーダーの中でも一番発言力があった。
発言力があるというより、オラついた感じの見た目でハッキリとものを言うので周りが萎縮していただけという節もあるが、それでも仕事が速く質も良かったため正社員からの信頼はとても厚かった。
そんな彼は、普段はおちゃらけて皆を笑わせたり、現場までの車中では皆に均等に話を振って盛り上げたりしてくれるとても良い面を持っている一方、いざ仕事が始まると少し近寄りがたいキャラに豹変し、自分の思うように作業が進まないと思いっきりピリピリした空気を出す悪い面も併せ持っていた。
また、せっかちで作業中の全ての動作が大きく、清掃道具を扱う音もやたら大きかったため、速水さんが苦手というアルバイトは少なからずいた。
ちなみに僕は、ピリついた空気を出すところを除けば速水さんのことは全然苦手ではなかった。
むしろ、合理的にスピーディに作業を進めるスタイルは僕の性に合っていたし、車中を盛り上げようと皆に気を配ってくれる姿勢には好感を持っていた。
速水さんも僕の仕事ぶりを割と認めてくれていたようで、僕は速水チームにアサインされることが多かった。ほぼスタメンと言っても良いぐらいだったかも知れない。
それはつまり他のアルバイトよりも自分が高く評価されているということであり、僕はそれが単純に嬉しかった。

当時の速水さんは23歳と若かったが、妻子持ちだった。
10代後半から20代前半は信じられないぐらいモテたそうで、積極的にナンパをしていたこともあり何百人もの女性とのイン・アウトを経験してきたそうだ。彼のルックスや言動を見る限り、多分それは本当なんだと思う。
そうして複数の女性と簡単な関係を持つ内に、ある女性との間に意図せず子供が出来てしまい、彼は若くして結婚することになった。
社歴の長い社員によると、彼はこの結婚を機に変わったらしい。
以前の彼は、狂犬、ジャックナイフなどと比喩されそうな、誰に対しても食って掛かるような攻撃的な人物だったそうだ。
しかし僕の知る速水さんは、奥さんの尻に敷かれているというか、 常に奥さんに怯えているような印象が強かった。
夫として、親としての速水さんは、稼ぎの決して多くない清掃業の契約社員であり、家庭内での立場がきっと弱かったのだと思う。
この職場では、作業が終わって現場から戻ってきた後にしばらく事務所で談笑することが多かったのだが、速水さんだけはいつもその輪に入らず、急いで帰宅していた。
また、現場からの帰りの道路が酷い渋滞で全く進まない時など、彼は引くぐらい焦っていたし、一度スピード違反で罰金を取られた時などは「奥さんにバレたら殺される……。」と青ざめて、独身時代に買い集めて実家に保管していた自身の大事なコレクションをこっそりアルバイトたちに売り捌いて証拠隠滅を図っていた。
ちなみにその際に僕は『High Time / THEE MICHELLE GUN ELEPHANT』、『4 PLUGS / THE MAD CAPSULE MARKETS』などの名盤の数々のほか、Championランタグのヴィンテージブルゾンなどナイスな古着アイテムを破格でゲットしており、バンド活動にお金を吸い取られて好きな物をあまり購入できなかった18歳の僕にとって、この時の速水マーケットは本当にありがたかった。

この職場には特に強い立場の契約社員が2人いると書いたが、そのもう一人は速水さんとは真逆のタイプの人物だった。
低身長で中肉。色白。自身のメールアドレスを『the_temper@』にする程の爆発天然パーマ。
一生どうでしょうすることを誓った北海道生まれの某個性派俳優にどことなく似ていたので、ここでは大泉さんと呼ぶが、彼もまた現場リーダーの中で強い発言力を持っていた。
彼はせっかちな速水さんとは対照的に、マイペースでのんびりとした性格だった。
速水さんは現場に到着するなりガチャガチャ清掃道具を降ろしてアルバイトたちに無言のプレッシャーを与えてくるが、大泉さんは現場に着いてもなかなか車から降りず、大あくびをしながら新たに煙草に火を付け、ダッシュボードからおもむろにトランプを取り出すとそれを皆に配って大貧民を始めるのである。
また、作業も速水さんとは正反対の超ゆっくりペースであり、そのうえ突然姿をくらまして一人でこっそり煙草を吸っていたりすることも多かったので、最初は僕も「なんなんだよこの人。大丈夫かよ。」と呆れていたが、彼のこの行動は時給制のアルバイトたちになるべく多く稼いでもらうための時間稼ぎだったということを後で知って、衝撃を受けた。彼自身は月給制なので何時間働いても給料は1円も変わらないというのに。

大泉さんの仕事はゆっくりではあるが丁寧でもあったので、クライアントからの評価は高かった。
クライアントからすれば作業が速かろうが遅かろうが、結果的に現場が綺麗に清掃されていることが重要なのだ。
基本的に人のいない夜間に行う仕事だったので、どんな作業態度だろうが、何本煙草を吸おうが、何回休憩をしようが、何回大貧民をやろうが問題はない。
清掃作業はチームプレイなので、メンバーの士気を高めるのもリーダーの仕事であるが、この点に関して大泉さんは本当に素晴らしかった。
なんだかんだ言って肉体労働である。疲れてくると作業の質や能率が落ちてしまう。
大泉さんはアルバイトの表情が疲れて暗くなってくると「頑張れ~。」とよく声をかけてくれたし、いつ買いに行ったのかパンパンのコンビニの袋をニヤニヤしながら持って現れて「休憩にしようぜ~。」とナイスなタイミングで言ってくれた。
ただ、そこからの休憩は信じられないぐらい長く、車内で談笑したり大貧民をやったり仮眠したりファミレスに行ったり色々なパターンがあったが、いつも平気で2時間~3時間は費やしていた。
これもアルバイトたちの給料アップのための時間稼ぎだったのだ。
その意図を汲み取れない一部アルバイトからは怠惰な人間だと舐められていたが、当の本人はまるで気にする様子もなく、終始バカの振りを続けていた。
僕はそんな彼の、自分よりも他人を優先する生き方を尊敬していたし、人として心から好きだった。

大泉さんはとにかくアルバイトたちに奢ってくれる人だった。
休憩中の食事やドリンクはもちろん、仕事が終わった後の飲み代まで全部出してくれた。
実は今でも3年に1回ぐらいの頻度で大泉さんと2人で食事に行くのだが、彼は未だに僕に奢ってくれる。
この20年近く毎年欠かさず正月と誕生日にお祝いの連絡をくれたりもする。
彼はそういう人なのだ。とても面倒見が良く、義理堅い、素晴らしい人格者なのだ。
そんなこんなで、僕は何故か大泉さんに気に入られて、速水さんが休みの日には必ず大泉チームにアサインされるようになった。
どうして気に入られたのかは未だによく分からない。僕の好きが溢れ出して大泉さんに伝染したのかも知れない。

この職場ではアルバイト同士も非常に仲が良かった。
休みの日にもわざわざ会って食事に行ったり。競艇に行ったり。カラオケやボウリングに行ったり。ウィークリーマンションを借りて無駄に皆で泊まったり。ナンパのプロ速水さんに極意を教わって街に繰り出して実践したり。
僕がお酒を覚えたのは丁度この頃だったのだが、気の合う職場の仲間と飲むのがとにかく楽しくて、夜勤明けにそのまま牛丼屋やファミレスでほぼ毎日泥酔するまで飲んだ。
そのまま公園に移動して飲むこともあったし、僕の家でファミコンをしながら飲むこともあった。
酔っぱらい過ぎて、大泉さんに作ってもらった焼うどん入りフライパンを玄関に置きっ放しで眠ってしまって、母親に死ぬほど怒られたこともあった。
清掃業という肉体労働にも関わらず、この職場には結構女の子のアルバイトもたくさんいたのだが、その中の何人かとは飲んだ流れでセックスをしたり、一緒に寝たり、休みの日にデートをしたりもした。かと言って特定の誰かと付き合うということも無かった。
メチャクチャ楽しかった中学時代、吐き気がする程つまらなかった高校時代を経て、僕はこの職場で2度目の青春を謳歌していたのだ。

バンドはバンドで、冒頭に書いたように鳴かず飛ばずではあるもののやる気に満ちていたし、アルバイトは良い仲間たちに恵まれてとても充実していた。
こんな日がずっと続けば良いと思っていた。このまま全てが上手くいけば良いと思っていた。
しかし、この職場での楽しかった日々はそう長くは続かなかった。
僕の取ったある行動をきっかけに、僕は職場で孤立してしまったのだ。
僕が未熟だったのか、周りが未熟だったのか、そもそもそういう問題ではないのか。
いずれにせよ、人の気持ちや人間関係というものはとても脆く、簡単に変化してしまうものだということが当時19歳だった僕にはまだ分からなかったのである。

続く。

PROFILE

Ape(エイプ)

戦慄のオルタナティヴロックバンドVery Apeのヴォーカル兼ベース。
mizuirono_inu、ロザンナ、バイドク等のバンドのサポートベースもたまに。
生業はECサイト運営、プリンタブルTシャツ卸売など。
AprilFool主宰。FREEZINE運営メンバー。

Very Apeサイト

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