FEATURE

2021.02.09

Apeの人生の転機になった10の音楽

FREEZINEが選ぶ「人生の転機になった10の音楽」シリーズ。
第3弾は、バンドマン兼EC事業を生業とする自営業者にしてFREEZINE運営メンバーのApe!

もしもその音楽と出会っていなければ、いまの自分はない。人は誰しもが、そんな人生の転機となった音楽を持っているもの。そこでこのコンテンツでは、各界のFREEZINEたちに、自分史上において転機となった10の音楽を選んでもらい、当時のエピソードと共に紹介していただきます。選ばれた音の並びから、人となりが見えてくる。

NIRVANA『NEVERMIND』

This is これが僕の転機。
自分の人生に最も大きな影響を与えた1枚。何度聴いたか分からない、言わずと知れた不朽の名盤。
実はNIRVANAのアルバムでは『IN UTERO』の方が好きなのだが、先に出会って衝撃を受けたのはこっち。
高校生の時、兄が友人に借りてきたこのアルバムを流しているのを横でなんとなく聴いていて、1曲目の『Smells Like Teen Spirit』の冒頭のドラムのフィルインの時点で稲妻が走るような衝撃があって、こういう音楽をやりたいとすぐに思った。
それから20歳ぐらいまでの間はカート・コバーンの狂信的なファンとなり、髪を伸ばしたり、金髪にしたり、洗髪頻度を週2程度に減らしたり、ボロボロの服を好んで着用したり、関連書籍やブート盤を買い漁ったり、新宿ANTIKNOCKの当時の店長に「カート・コバーンは2人いらないから。」とライヴ後に説教されたりする程夢中になっていた。
その後ライヴハウスで、自分と同じようにNIRVANAに心酔しているであろう対バンのライヴをいくつも観るうち、「あ、これは確かにカート・コバーンがやらないと格好良くないな。」ということに気付き、魔法が解けた。
今はもうNIRVANAを聴くことはほとんど無くなってしまったが、それでも自分の中で一番重要なバンドであることには変わりない。

Amazonで購入する

B’z『JAP THE RIPPER』

人生で初めて夢中で聴きまくったアーティストはB'zである。
きっかけは、先にB'zの魅力に気付いていた兄と一緒に観た『B'z LIVE-GYM Pleasure'93 "JAP THE RIPPER"』を特集したテレビ番組だった。
当時小学生で音楽にそれほど興味のなかった僕の心を一気に持っていくぐらい、そのライヴ映像は格好良かったのだ。そして、その映像の中で1曲目に演奏していたのがこの『JAP THE RIPPER』という楽曲だった。
兄はその後B'zのCDを全て買い揃えるだけでなく、ファンクラブ『B'z PARTY』に加入し、Tak MatsumotoモデルのYAMAHAのギターを購入する程にのめり込んでいくのだが、そのおかげで僕もB'zのCDをタダで聴きまくることが出来たし、ファンクラブ会員にだけ配布される冊子やビデオを見ることも出来たので本当にありがたかった。兄は、僕にB'zを与えてくれる神様だったのだ。
ある時、その神様は僕に言った。
「明石昌夫って格好良いよなー。お前、明石昌夫好きだよな?」
明石昌夫というのは、初期B'zの編曲を担当したり、ライヴではサポートベーシストも務めていた人物である。
僕は何故そんなことを訊かれたのか全く分からなかったが、気付けば神様に言われるがまま中古ギターショップで、明石昌夫氏が使用していたものと同じリッケンバッカー4001というベースを13万円もの大金をはたいて購入していたのである。中学2年生が、生まれた時から貯め続けたお年玉を全て使い果たして、よく分からない高いベースを購入してしまったのだ。マインドコントロールされていたとしか思えない。
神様は既にTak Matsumotoモデルのギターを所有していたので、弟に明石昌夫氏と同じベースを購入させてB'zの疑似体験をしたかったのである。何故そこで稲葉浩志ではなく明石昌夫だったのかはもう訳が分からない。リアル神のみぞ知る、である。
まあとにかく、それがきっかけで僕は今でもベースを弾き続けているのだから、人生なんてちょっとしたきっかけでどんな方向にでも行けるのだなあとか思ったりする。

Amazonで購入する

黒夢『1997.10.31 LIVE AT 新宿LOFT』

このアルバムとの出会いは中学2年生の時。B'zからの流れでハードロックやメタルを少し齧って、どんどん激しい音楽を求めるようになっていた頃だった。
黒夢って実はシングルのカップリング曲がメチャクチャ激しくて速くてヤバいらしいよとか、アルバムがDRUGの曲ばっかりでヤバいらしいよとか、そんなワクワクする噂を耳にした僕と兄は「B'zも良いけど黒夢もちょっと聴いてみよっか。」的な感じで、このアルバムの発売当日、雪の降る中地元のCDショップの開店時間を狙って出かけて、2人仲良くお金を出し合って購入したのだった。
家に帰ってドキドキしながらCDを再生した時、思わず拍子抜けした。メチャクチャ速いテンポで演奏はガチャガチャしているし、音質も良くないしヴォーカルの声も枯れまくっている。一瞬「あれ?」と思ったが、代わりにそれを超越する謎の熱量みたいなものがあって、繰り返し聴くうちにどんどん嵌まっていった。この同じ公演を収録したビデオも死ぬ程観た。
Tak Matsumotoに憧れてギターを始めたはずの兄も相当やられたようで、突然ピンヴォーカルをやりたいと言い出し、コピーバンドで一緒にライヴをやった際には清春氏の真似をして人差し指を立ててマイクを握っていたため、観に来てくれていた友人たちにメチャクチャ笑われていた。
とまあ、それはさておき、このアルバムに収められている勢いとか荒々しさみたいなものは、その後の自身のバンド活動・ライヴ活動に相当な影響を及ぼしていると思う。

Amazonで購入する

THE YELLOW MONKEY『PUNCH DRUNKARD』

これは、中学3年生になったばかりの頃に初めて自分のお金で購入したアルバムである。上述の黒夢のライヴ盤は、あくまで兄と割り勘で購入したものであり、自分で全額支払って購入したアルバムというものはこの頃まだ持っていなかった。
(CDという括りで言えば、サッカー日本代表応援ソングのシングルは小学生の頃に購入して既に所有していた。)
そろそろ高校生にもなろうというのに、ずっと兄のCDだけを聴いているっていうのもどうだろう、と思った僕は、色々と悩んだ末にテレビの音楽番組などで観ていて格好良いと思っていたイエモンの、当時発売されたばかりだったこのアルバムを購入することにしたのだ。兄はその頃80年代のジャパメタや90年代初頭の海外のHR/HM系のCDばかり購入していたので、自分がそれとは違うタイプのCDを買って、それぞれの所有しているCDをシェアしていけば幅が広がるよなあということも考えた気がする。
まあ何にせよ、やはり自分のお金で初めて購入したアルバムというのは特別なものであり、このCDは相当聴き込んだし、ここからどっぷりイエモンに嵌まっていった。その後他のアルバムも聴いていった結果、作品としては『jaguar hard pain』や『SICKS』などの方が好きだが、イエモンで一番聴いたのは間違いなくこのアルバムである。
日本でもこんなに正統派なロックバンドが売れるんだ、というのは希望以外の何ものでもなかったし、自分も「死んだら新聞に載るようなロック・スター」になりたいなあなんて、この頃からぼんやり思うようになっていった気がする。

Amazonで購入する

KING BROTHERS『★★★★★★★(通称:星盤)』

高校生になりNIRVANAの洗礼を受けた僕は、グランジ/オルタナの歴史を掘り下げると同時に、その影響下にある日本のギターロック系のバンドにも興味を持ち始め、それらのアーティストがよく掲載されていたロッキング・オン・ジャパンなどの雑誌も読むようになった。感度ビンビンの高校生にとって雑誌の影響はとても大きく、文字から音楽に興味が湧くケースも少なくなかったのだが、その中でも特に強烈だったのがKING BROTHERSのインタビュー記事だった。繊細で普段はおとなしい20歳前後の青年たちが客席に向かって怒鳴り散らしたり狂ったステージングをカマしまくったりする様子がその記事からは読み取れて、彼らが一体どんな音楽を演奏するのか気になって仕方がなかった。
しかし、当時はインディーズバンドのCDが何処で購入できるのか分からず、すぐに彼らのCDを手に入れることは出来なかった。なので、何の気なしに立ち寄った地元のGEOみたいなお店で偶然このアルバムを見つけた時は思わず腰を抜かしそうになったし、CDの帯に書いてある下記のコメントを読んだ時は興奮しておしっこを漏らしそうになった。
「おいっ!!そこのオマエ!!オマエだよオマエ!!!チャラチャラしてんじゃねえよ!!キサマは今すぐこのレコードを聴いてその腐った脳ミソを洗い流せよ くそバカ!!!くそバカ!!!人生百八十度やり直せタコ!!世界中に叫ぶオレ達キングブラザーズ ブルースで殺してやる!!」
もちろん即買いして、家に帰ってドキドキしながらCDを再生したら音楽も想像の100倍ぐらいヤバくて、すぐに大ファンになった。ライヴに通って出待ちしたりもした。
それから時を経て、僕は自身のバンドVery Apeで、これまでに5回KING BROTHERSと共演することが出来たのだから、なんとも夢のある話である。
僕がグランジ/オルタナ直系の音楽よりも、熱量高めのうるさい音楽や派手なステージングを好むのは、この頃にKING BROTHERSと出会ってブチのめされているからだと思う。

Amazonで購入する

BLANKEY JET CITY『C.B.Jim』

このアルバムを購入したのも高校生の時。
ブランキーは『赤いタンバリン』がテレビで流れたりしていたので少し知っていたが、ベンジーの声があまり好きじゃなかったし、ロケンロー的なノリやファッションが苦手だったので何となく毛嫌いして避けていた。しかし、信頼できる友人知人がこぞってブランキーを勧めてくるし、雑誌などを見ていてもブランキーの評価がすこぶる高いので、これはもうアルバムを購入してちゃんと聴いてみるしかないと思い、CD屋に行って何の根拠もなくたまたま購入したのがこのアルバムだった。
結果的に、このアルバムは素晴らしい作品だった。世の中の全てのアルバムから好きなものを3枚挙げよと言われたら確実に入るし、購入してから20年以上経った今でも最初から最後までじっくり聴くことができる。
ただ、そうなるまでには多少時間がかかった。CDを初めて再生した時、「ヒャッハー!」みたいな感じで1曲目が始まって、なんだコリャ!?と思ったし、全編通して何となくロケンローっぽいノリで、やっぱりちょっと苦手だなあと……。とは言え、せっかく購入したCDなのでそのままBGM代わりに流していたところ、最後の『悪いひとたち』が始まってからは衝撃で動けなくなってしまった。
とにかく歌詞がヤバかった。胸をえぐられる感じがした。改めて歌詞カードを見てみると他の楽曲の歌詞も凄いということに気付いて、今度は歌詞カードを見ながら聴いてみた。印象が大分変わった。そうして繰り返し聴くうち、徐々に苦手だった要素も気にならなくなっていった。
アーティスト単位だと、1番影響を受けたのがNIRVANAで、2番目がBLANKEY JET CITYというぐらい、僕にとっては重要なバンドである。

Amazonで購入する

MO'SOME TONEBENDER『HELLO』

高校を卒業してフリーターになり、これからバンドで成り上がるのだと言いつつもまだ具体的なアクションを起こせずにいた頃、友人に教えてもらってこのアルバムに出会った。
ヒリヒリしていてグルーヴしまくりで、しかも媚びない硬派な感じが堪らなくてメチャクチャ影響された。こんなスリーピースバンドがやりたいと思った。
全編通してノイジーな音色とか、2曲目の頭悪そうなドラムパターンとか、10曲目の変拍子とか、12曲目のヘナチョコな感じとか、このアルバムには僕の音楽のキャパシティを拡張してくれる要素がたくさん詰まっていたし、モーサムきっかけで54-71やFRICTIONなどの特異なバンドを知ることも出来たので、このアルバムが僕の音楽偏差値を上げてくれたことは間違いない。
モーサムは音源よりもライヴが最高なので、2001年~2004年ぐらいはライヴに行きまくったが、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2003で観たモーサムは神のような格好良さだった。

Amazonで購入する

インビシブルマンズデスベッド『追憶の情慾たちへ』

僕が18歳の時に結成して今も活動を続けるVery Apeというバンドは家族バンドである。僕がヴォーカル兼ベース、兄がギター、そして妻がドラムを担当している。
妻がVery Apeに加入したのは結成から1年半ほど経った頃で、出会いのきっかけはメン募サイトだった。妻との最初の顔合わせはスタジオではなく居酒屋だった。居酒屋ではお互いの音楽の趣味などについて話す訳だが、共通の話題はBLANKEY JET CITYぐらいしかなく、オルタナ以前にNIRVANAすら知らないのはちょっと厳しいなあなんて思っていたところ、妻が最近観たライヴで一番良かったのはインビシブルマンズデスベッドだったという話をした。その瞬間に僕と兄はこの人で決まりだなと思った。その当時まだ僕と兄はインビシのライヴを観たことが無かったが、信頼できる友人からインビシのライヴはヤバいから絶対観た方が良いということを何度も言われていたので、この人の感覚も間違いないだろうと思ったのだ。そして何より一緒に飲んでいて楽しかったのだ。
そうして妻はVery Apeに加入することになった。妻が加入しばかりの頃はメンバー3人でよく飲みに行ったり、遊びに行ったりした。僕が初めてインビシのライヴを観たのは2003年の大晦日だったが、その時も3人でライヴハウスと飲み屋を行ったり来たりして泥酔しながら夜通しライヴを観ていたのだ。年が明けた2004年元日の明け方にトリで登場したインビシのライヴは噂以上にヤバかった。もうメチャクチャ過ぎて訳が分からなかった。ライヴの一番最後にヴォーカルのデスベッド氏が重箱を持ってきて客席に向かっておせちの具を投げまくっていたのだが、僕と兄は甲高い声を出しながら走り回ってそれをキャッチして狂喜乱舞していた。
それからすぐにこのアルバムを購入してメチャクチャ聴きまくってライヴにも通いまくった。友人などにも布教しまくった。
インビシには本当に計り知れないぐらいの影響を受けた。ライヴの魅せ方とかバンドとしての在り方とか、色んなことを参考にさせてもらった。

Amazonで購入する

あぶらだこ『あぶらだこ(亀盤)』

20代前半はライヴハウスに通ったりCDを買い漁ったり、とにかく新しい音楽に出会うのが楽しくて仕方ないという時期だった。
ライヴにせよ音源にせよ、新しいものに出会い続けると段々感覚が麻痺してきて、もっと刺激を、もっと刺激を、という刺激飢餓状態になり、常軌を逸したものやビックリするようなものを求めるようになっていく。
刺激センサーの赴くまま、灰野敬二氏のライヴに行って音がデカすぎてビックリしたり、QP-CRAZYのライヴに行って命の危機を感じたり、オシリペンペンズのライヴに行っておしっこを浴びそうになったり、そんな日々を送っている中で手に入れたのがこのCDだった。
あぶらだこはTHE STALINとかと並んで語られることが多いので、何となく真っ直ぐなパンクバンドだろうと思い込んでいたが、CDを再生してビックリした。変拍子に次ぐ変拍子。意表を突きまくる捻くれた展開。意味不明なヴォーカル。というアクの強さなのに、繰り返し何度も聴きたくなる謎の魅力。
このアルバムに出会ったことで、その後の自分の楽曲作りに変化が起きた。楽曲の中に、分かる人にしか分からないような変な要素を潜ませないと気が済まなくなってしまったのだ。逆に言うと、あぶらだこに出会ったことで自分らしい楽曲作りというものが確立されたように思う。

Amazonで購入する

THE CREATOR OF『Don't Wake Me』

まだ中学生でNIRVANAもBLANKEY JET CITYも知らない頃、テレビでTHE CREATOR OF(以下、TCO)というバンドを観てメチャクチャ衝撃を受けた。
当時『えびす温泉』という、イカ天的な勝ち抜き新人発掘番組が放送されていて、CASCADEを輩出したり犬神サアカス團が名物キャラ的に出演していたりと、今にして思うとかなり攻めた内容だったのだが、TCOもこの番組に出演して4週ぐらい勝ち抜いていたのだ。司会の田代まさし氏や審査員のブラザートム氏、ピエール瀧氏なども彼らをかなり高く評価していたように思う。
僕は番組をリアルタイムで観ていた訳ではなく、熱心に観ていた兄が総集編をビデオに録画していて、「このバンド凄い格好良いから観てみ。」みたいな感じで見せてきたのがきっかけだったのだが、それが本当にメチャクチャ格好良かった。4曲をそれぞれ1コーラス程度流すダイジェスト映像だったのだが、繰り返し何度も観て、その4曲は全て未だに歌詞を見ないで歌えるぐらいハッキリと憶えている。中でもこの『Don't Wake Me』という楽曲に一番衝撃を受けた。
TCOの音楽はグランジをベースにしたシンプルなロックで、そこに繊細で不良性のある歌詞が乗り、北関東のヤンキー丸出しのルックスのメンバーが無骨に演奏するという、NIRVANAとブランキーのいいとこ取りのようなバンドなのだが、恐らく僕は先にTCOを知っていたおかげでその後NIRVANAやブランキーにすんなり入って夢中になれたのではないかと思う。
僕にとってTCOとはこのえびす温泉の録画ビデオでしか会えないバンドだったのだが、それから何年も経ったある時、兄からの情報でTCOがデビューしてCDもリリースしているということを知り、すぐにCDショップに駆け込んだ。サウンドが少しヘヴィになっていたり、元々気怠い感じだった『Don't Wake Me』がラップ調の『Don't Wake Me Up』という楽曲に変わっていたりと、多少の変化はあったものの、あのTCOが活動を続けてメジャーデビューしていたことが本当に嬉しかった。
その後、彼らのサウンドは更にヘヴィになり、ハードコアやポストロックの方に舵を切っていくのだが、それでも僕はリリースされるCDを購入し、ライヴにも足を運び続けた。そういえば初めてTCOのライヴを観たのは三軒茶屋HEAVEN'S DOORだったなあ。ヘブンスは今となっては僕もしょっちゅう出演していて実家のように落ち着く場所になったが、当時はちょっと怖いライヴハウスだった。そこで初めてヴォーカル鈴木重幸氏の生声を聴いた時は感極まって泣きそうになった。
本当にTCOのおかげで今の僕があると言っても過言ではなく、転機という意味では一番大きな存在かも知れない。

Amazonで購入する

改めて「人生の転機になった10の音楽」を選んでみて。

本文中に兄という単語を15回も書いてしまった。自分の音楽の歴史において、兄の存在がこれ程までに大きいとは思わなかった。そういえばVery Ape黎明期は「兄弟だけにしか分からない言語で話すな!」と妻に何度も怒られたなあ。今となっては妻も同じ言語で話すようになってしまったのだけれど。
いやしかし、脳が劣化してしまう前にこうして自分の歴史を棚卸しできて良かった。

PROFILE

Ape(エイプ)

戦慄のオルタナティヴロックバンドVery Apeのヴォーカル兼ベース。
mizuirono_inu、ロザンナ、バイドク等のバンドのサポートベースもたまに。
生業はECサイト運営、プリンタブルTシャツ卸売など。
AprilFool主宰。FREEZINE運営メンバー。

Very Apeサイト

Twitter