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2021.03.13

イノマーさん②

文:Ape

本題に入る前に、まずは光さん(奈良光 a.k.a. 絵描き光)の紹介を。

当サイトでコラムを執筆しているMUSHA×KUSHAの蟲役者こと梅原江史さんが以前『絵描き光というひと』というタイトルで記事を書いてくれたことがあったが、その記事にある通り、光さんはライヴハウスにブースを出店し、来場しているお客さんの衣服や身体にその場で絵を描く、という活動を行っている人物だった。
「だった」というのは、現在はその活動をあまり頻繁に行わなくなってしまったからで、多かった時はいつライヴハウスに行ってもその姿を見かけたような気がするし、フライヤーなどの告知媒体でもしょっちゅう名前を目にしていた。
当時を振り返ると、ライヴハウスのフロアの隅に設置されたブースで背中を丸めて絵を描いていた光さんの姿をありありと思い出すことが出来る。イヴェントが進行する中、暗いフロアで電球の小さな灯りを頼りに器用に筆を操ったり、時折その筆を口にくわえてインクの蓋を開けたりする所作なんかはまさに職人のそれだったので、この人はきっとこの先もずっとこういった活動を続けながら全国津々浦々渡り歩いて生きていくんだろうなあなんて、僕は勝手に想像していた。

しかし、その予想に反して、5年程前に光さんは拠点を設けた。東京都北区田端新町に、Tシャツなどの衣類にプリント加工を施す工房を構えたのだ。だから、もしかしたら現在では絵描きとしての光さんよりも、プリント工房の主としての光さんの方が認知されているかも知れない。
実際、これまでに光さんの工房ではかなりの数のバンド、アーティスト、芸人、アイドル、飲食店などのグッズが制作されてきた。
そして、それらに使用された無地衣類、つまりプリント加工を施す前の無地の状態のものは、ほとんど僕が卸したものだったりする。前回の記事に書いた通り、僕は無地衣類の卸売事業を営んでいるのだ。

衣類へのプリント加工というのは、Googleなどの検索エンジンで「オリジナルTシャツ 制作」などのワードで検索して、ヒットしたWebサイトの中から料金や加工方法など諸々の条件が合う業者を選定して、Web上で注文および決済を行うと後日完成品が届く、というのが一般的な流れだと思うが、光さんの工房に発注する場合のフローはそれとは大きく異なる。
まず光さんの工房は現状Webサイトを用意していない。従ってオーダーは電話、メール、LINE、もしくはSNSのDMなどを使って直接本人に連絡する必要がある。また、一般的なプリント業者はWeb上で注文と版下データの入稿を行ったらあとは投げっぱなしであるのに対し、光さんの工房では極力注文者に工房まで足を運んでもらって、出来ればプリント作業も注文者本人にやってもらう(もちろん光さんの手厚いサポート有り)という特殊なポリシーで運営されている。
直接本人が作業をすることによるディスカウントなんかも有ったりはするのだが、光さんが直接工房まで来てもらうことに拘っているのは、恐らく下記のような理由からだと思う。

①どのような方法でプリント加工が行われるのかを実際に見て知って欲しい。
②インクの色や種類、プリント位置、プリントの加減などを相談しながら決めて一緒に良いものを作り上げたい。
③客層によるニーズの違いや最近のトレンドなど、他の工房利用者から得た情報を共有したい。
④特殊なプリント方法や斬新なプリント方法など、プリント工房に溜まっているノウハウを共有したい。
⑤上に書いた③や④で得た知識を次回以降のグッズ制作に活かしてもらいたい。
⑥アーティストやアイドルなど、本人が制作することでグッズの価値を高めて欲しい。

上記はあくまで僕が光さんと話す中で勝手にこういう意図だろうと解釈したことなので、もしかしたら間違っているところがあるかも知れない。その辺りはそのうちFREEZINEで光さんに取材をさせてもらって、答え合わせが出来たらなあなんて思っていたりする。

まあ、とにかく、光さんは相手が有名人であれ誰であれ、基本的に上記のポリシーを伝えたうえでプリント加工の注文を受けているはずであり、だからもちろん、オナニーマシーンのイノマーさんから最初に問い合わせがあった際にもそういった話をしたのだろう。
それで結局、イノマーさんはすぐに単身工房までやって来て、黙々とプリント作業など自ら行ったのだという。なんて実直で、DIY精神溢れる人なんだろうか。

それからイノマーさんは、オナマシの主催イヴェントがある度に、僕から衣類を購入し、光さんの工房に出向いて自分でプリントする、という流れでグッズ制作を行うようになった。ものづくりが好きな人はこの一連のDIY過ぎる工程や作業を好む傾向にあるので、もしかしたらイノマーさんもそうだったのかも知れない。
僕みたいな得体の知れない男に、どのTシャツがオススメですか、何枚ぐらい作るのが良さそうですか、サイズ展開はどうしたら良いと思いますか、といった具体的な質問をとても丁寧にしてくれて、なんて腰が低く気持ちの良い人なんだろうと思った。
世の中こういう人ばかりだったら平和だなあ。是非この人とは今後も末永くお付き合いさせていただきたいなあ。なんて思っていた。思っていたのだが、そんな矢先にイノマーさんは口腔底癌ステージ4だと診断されてしまった。

衝撃だった。そのニュースは一気に拡散され、SNSはざわついた。まだまだ付き合いの浅い僕なんかでも相当なショックを受けた。
僕は癌のことやイノマーさんの現状についてネットで情報を漁るばかりで、仕事が全然手につかなくなっていた。
しかし光さんはすぐに動き出していた。チャリティTシャツを作ってその売上を治療費に充ててもらおうという企画を考案し、関係各所への連絡を始めていたのだ。

そうして出来上がったこのTシャツ『GOD SAVE THE INOMAR』はバカ売れだった。
そりゃそうだ。イノマーさんは本当に多くの人たちに愛されているのだ。
僕はただいつも通り無地衣類を用意し、オナマシのオノチンさんがデザインをし、光さんがプリントをした。
僕の役割なんていつもの仕事と全く同じで、何か特別な貢献が出来た訳ではないけれど、それでもこのチャリティ企画に関われて嬉しかった。光さんが先頭に立って動いてくれたおかげで、なかなか大きな金額をイノマーさんに届けることが出来たのだ。
舌の全摘出手術を控えていて、金銭的な不安も少なからず抱えていたであろうイノマーさんが、この時ほんの少しでも安心したのなら良かったと思う。
その手術で癌が完全に治れば本当に良かったのだけど、皆さんご存知の通りそう上手くはいかなかった。
舌を摘出した後に、滑舌が悪い状態ではあるものの、一時は普通にオナマシもライヴを行っていたのだが、手術から数か月ほどで癌は再発してしまう。
しかも、もう治療の手段はなく、今後は完治を目指すのではなく延命になるという残酷な現実まで突きつけられて……。

再びチャリティ企画をやろうということになった。
これからも治療やら入院やら諸々にお金がかかるのだから。お金はあるに越したことはない。
ただ、この時点ではもう決まっているオナマシのライヴは、イノマーさんのラストライヴとなってしまった豊洲PITでの20周年イヴェントしか残されていなかった。だから今度はWeb上で、受注生産でやろうということになった。
その注文受付は僕が運営しているバンド系グッズのECサイト『AprilFoolStore(エイプリルフールストア)』で行うことになり、癌再発のニュースが出るタイミングに合わせて、ECでのチャリティTシャツの販売も開始した。
通販でもこのチャリティTシャツはバカ売れだった。本当に全国各地様々な場所からご注文をいただいた。注文を締め切って、出荷をするタイミングでは業務が忙しすぎて何日か睡眠不足になり、リアルにフラフラだったが、正直これでようやく僕もイノマーさんに貢献できたぞ、という思いは少しだけあった。

それからAprilFoolStore(エイプリルフールストア)で、チャリティTシャツ第2弾『INOMAR ON MAIN ST』の受注生産受付や、イノマーさんの家やオナマシの機材車などに眠っていた過去のイヴェントTシャツなどを続けざまに販売し、トータルでまあまあ大きな金額をイノマーさんにお渡しすることが出来た。

そういうこともあったから、というのはもちろん分かるのだが、イノマーさんという人は本当に義理堅すぎるぐらい義理堅い人で、こんな何者でもない僕に後日とんでもないオファーをしてきたのである。
オナマシの20周年を記念して発売するCD+DVD+BOOKのBOXセット『おさるのパンク』に、関係者のコメントを掲載するので、僕にもコメントを書いて欲しいというのだ。いやいや、あり得ないって。イノマーさんの人脈を知ってたら僕には分不相応だって分かるよ。と思ったものの、さすがに断る訳にもいかないので、一応それっぽいことを書いて提出した。
それからしばらく経って、このBOXセットのリリース情報が様々なWeb媒体でニュースとして取り上げられているのを見て、コメント寄稿者のラインナップを見て、その並び順を見て、僕は愕然とした。

いやだからダメだって……。
周り芸能人ばっかりじゃん。なんか僕が一番上になっちゃってるじゃん。事故だよ事故。みんな「誰これ?」ってなるって……。

とまあ、そんな驚愕サプライズがあったり、豊洲PITのラストライヴでは命を燃やすような素晴らしいステージを観せてくたりともう本当にイノマーさんには感謝することばかりなのだが、一点だけ僕はイノマーさんに対して申し訳なく思っていて、一生付いて回りそうな後悔がある。

前述の、オナマシの機材車に眠っていたという過去のイヴェントTシャツを販売する件で、最終的にイノマーさん存命中に全てのTシャツの販売を開始することが出来なかったのである。
ECサイトで商品を販売するには、まず商品の写真を撮影して、それを加工して、商品説明文を作成して、管理画面からそれらを登録する必要があるのだが、丁度その時期は色々と立て込んでいて、それらの作業がなかなか進まなかったのだ。

途中、イノマーさんの体調が著しく悪くなってしまって、面会も出来ない状態だから元気づけるビデオメッセージを送って欲しいという依頼がご家族からあって、結局数える程しかお会い出来なかった僕のような微妙な距離感のヤツがそんなメッセージなんておこがましいなあと思いつつも「なるべく早く全部のTシャツを掲載して、その売上を治療費に充ててもらえるようにしますので、頑張って治療して早く元気になってくださいね。」というメッセージを自撮りして送った。結局、それは嘘になってしまった。

イノマーさんの訃報が届いた時、僕は自己嫌悪と後悔でしばらく塞ぎ込んだ。
あの時イノマーさんよりも優先すべきことなんて本当にあっただろうか。忙しい振りをして、何だかんだと言い訳を探して、後回しにしてはいなかっただろうか。
昔から、少し大変なタスクが目の前にある時、少し高いハードルが目の前にある時、見えない振りをしたり、後回しにしてしまう悪い癖があった。この時ばかりはそんな自分の怠惰な性格を本気で呪った。

その後、時間はかかったけれど、オナマシのTシャツを全てECサイトに掲載し、それもファンの方々にたくさんご購入いただき、なんとかイノマーさんとオナマシの関係者に売上をお渡しすることが出来た。

さらにその後も、AprilFoolStore(エイプリルフールストア)で昨年の7/21に『0721 Tシャツ』を受注生産で販売させていただいたり、この3月から再びチャリティTシャツとして好評だった『GOD SAVE THE INOMAR』『INOMAR ON MAIN ST』の2種を受注生産で再販させていただいたりと、非常にありがたい関係を続けさせていただいている。

イノマーさんと出会ってから、短い間に色々なことがあって、尋常じゃない振れ幅で感情を揺さぶられて、色んな体験をさせていただいた。本当に感謝しかない。それをすべて書こうと思ったらこんなに長くなってしまった。

Ape

現在、僕が運営するAprilFoolStore(エイプリルフールストア)にて受付中のチャリティTシャツのご注文はまもなく締切となります。(販売期間は2021年3月14日23:59まで)
この機会に是非FREEZINE読者の方々にもチェックしていただけたら幸いです。

AprilFoolStore(エイプリルフールストア)

PROFILE

Ape(エイプ)

戦慄のオルタナティヴロックバンドVery Apeのヴォーカル兼ベース。
mizuirono_inu、ロザンナ、バイドク等のバンドのサポートベースもたまに。
生業はECサイト運営、プリンタブルTシャツ卸売など。
AprilFool主宰。FREEZINE運営メンバー。

Very Apeサイト

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