COLUMN

2019.03.19

「自由への漂流」by Ape 第3話/ゴミに埋もれて死ぬ あの若者が見える

文:Ape イラスト:清水 里華

僕は自由なアルバイトを探している。
未来のロックスターである僕に相応しい、自由なアルバイトを。
髪型や身なりの自由が利くのは当然として、もっとこう、精神的にも自由な職場を求めているのだ。
取り急ぎ、僕は新聞の折り込みチラシやフリーペーパーなど、無料で手に入るありとあらゆる求人媒体を掻き集めて、まずはそこから情報を得ようと試みた。
しかし、ここでちょっとした問題が。
本棚の書籍が五十音順に並んでいなければ嫌だとか、エクセルファイルを閉じる時はA1セルを選択した状態にしないと気が済まないとか、そういう変なところに執着する神経質な僕は、その膨大な量の求人情報全てにじっくりと目を通してしまったのだ。
その結果、全ての情報をチェックし終わる頃にはもう起きていることも困難なほどに疲労困憊し、そのまま布団に潜り込んで泥のように眠りこけ、目が覚めると既に翌日で、ああ僕はなんて駄目な人間なんだと気持ちがどんどん暗くなり、うだうだやっているうちに夜が来て、昼が来て、気が付けば昼夜が逆転し、結局どこにも面接の予約を出来ず仕舞い、という情けない顛末を迎えることになってしまったのである。
そして僕は、それから数週間に亘って、同様の失敗を何度も何度も繰り返してしまうのだった。

選択肢が無数にある時、条件を絞り込むことがどれほど大事なことか、僕はこの時に学んだ。
冷静に考えれば最初から目的は明確だったのだ。
僕が求めているのは自由なアルバイトだ。
従って、自由では無い、と少しでも感じた求人情報は読み飛ばせば良いのである。実に合理的な解決だ。
しかし、だからと言ってそれで万事が解決した訳では無い。
というのも、求人情報から読み取れるのは、あくまで身なりの自由が利くか否かということだけであり、実際に働いてみるまでその仕事の内容や内情、職場環境の良し悪しまでは分からないからである。

実際、こんな失敗談がある。
金髪もピアスもOKだというある企業の求人に応募し、採用されて、僕は無事アルバイトとして勤務することになった。
事前に聞かされていた情報は、仕事内容が倉庫内軽作業だということと、勤務時は汚れても大丈夫な格好が望ましいということだけだった。
それならジーンズが妥当かと思い、お気に入りのリーバイス501を穿いて職場へと向かった。
当時の僕はNIRVANAフリークであり、服なんて汚ければ汚いほど格好良いと思っていたので、仕事で汚れるなんてラッキーじゃん、なんて思ったりした。
職場に到着し、簡単な事務手続きや挨拶を済ませると、僕の世話をしてくれるという先輩スタッフが早速作業場へと連れて行ってくれた。
いや、正直ビビった。作業場と呼ばれるそこは無機質な鉄製の狭い部屋で、その部屋のほとんどがゴミに埋もれていて尋常じゃないぐらい臭かったのだ。
ちなみに『部屋』とは書いてみたものの、実際には貨物列車が運んでいるコンテナの少し大きい版のような『箱』的なものを想像してもらった方がイメージとしては近いと思う。
しかも、その部屋には天井が無く、見上げれば普通に空が広がっているのだ。
そんな作業場の異様な光景とゴミの激臭にやられて呆然と立ち尽くしていると、先輩スタッフが唐突に鎌を手渡してきた。
「?」と思いながらそれを受け取った刹那、地響きのような小刻みな揺れとけたたましい機械音が鳴り響き、訳も分からずキョロキョロしていると、頭上に何か巨大な気配を感じた。
アームである。重機の。恐らくショベルカー的な乗り物がこの部屋のすぐ外にあって何かしらの作業をしており、アームが上下するのがチラチラ見えるのである。
「はえー。」と呆けた顔でしばらくアームの動きを眺めていたが、次の瞬間、アームはグングンこちらに迫ってきて、あろうことか大量のゴミを僕たちの真上にドサドサ落としてきたのである。僕は突然のことに驚き、甲高い悲鳴を上げながら逃げ回ったが、先輩スタッフは颯爽とその落ちてきたゴミの山に立ち向かい、何やらガチャガチャやり始めたのだ。
「早くしろ!早くしないとゴミに埋もれて死ぬぞ!」
先輩スタッフは僕に向かってそう叫んだ。
いや、そんなこと言われましても……と思った次の瞬間、また頭上から大量のゴミが降ってきた。
重機の野郎が次から次に僕たちのいる部屋にゴミを落としてきやがるのである。
いかん、このままでは本当にゴミに埋もれて死んでしまうかも知れん。
命の危機を感じた僕はとにかく先輩の動きを真似てゴミの山に突進し、一心不乱に鎌を振り回してゴミ袋を掻っ捌きまくった。
ゴミ袋からは大量の空き缶、空き瓶、その他諸々が溢れ出してきたのだが、僕の仕事はこれら資源ゴミを分別してリサイクルすることなのだと、鎌を振り回しながら先輩が教えてくれた。
なるほど。世の中にはこんな仕事もあるのか。

ゴミ袋は本来「空き缶・空き瓶」専用のゴミ箱にかけられていたものであるはずだ。
それなのに、ゴミ袋を掻っ捌くと空き缶や空き瓶以外に、煙草の吸殻、弁当の食べカス、汚れた衣服、使用済みコンドーム、大便済みオムツ、などの超絶汚いゴミが混在していたのである。
僕は世間のモラルの低さを嘆き、怒り狂っていた。
当時の僕はまだ高校を卒業したばかりの18歳であり、周りには不良な友達もたくさんいたが、僕はポイ捨てをしなかったし、ゴミの分別もしっかりやっていた。
なんとなく、自分の適当な行いでどこかの誰かに迷惑をかけてはいけないと思ってそうしていたのだ。
しかし、今こうして僕がどこかの知らない誰かの適当な行いで迷惑を被ることになるなんて。神様全然機能してませんやん。
とかなんとか一人愚痴りながらも、手はテキパキとゴミの分別作業を続けていた。
作業を止めるとゴミに埋もれて死んでしまうからね。
終業時間は17:00。朝からみっちり一日仕事。
僕は感情を殺してひたすら作業を行い、その日の業務をなんとか完遂した。
とんでもない疲労感である。こんなに頑張ったことがこれまでの人生であっただろうか。なのに達成感など全くない。
帰り道に僕は、自分の穿いているゴミ色に変色した501を見て泣きそうになった。
「これからロックスターとして羽ばたいていくんだ!」という華やかな夢を見ている18歳の若者にとって、ゴミに埋もれて仕事をするのは精神的にキツかった。
まだ世の中のことを全然知らなかった当時の僕には、この仕事が社会の底辺に思えて、ゴミを漁ってお金をもらうことが最低の行為のように感じて、自分を特別な人間だと錯覚していた僕の心は酷く傷ついたのだ。
翌日、僕は始業時間が来ても布団から出られず、葛藤の末に無断欠勤をして、そのままこの職場からフェイド・アウトした。

僕がこの経験から学んだことは、身なりの自由が利くアルバイトは何らかの理由で従業員の定着率が低い可能性があるということだ。
業務内容がキツかったり、職場環境が悪かったり、理由は様々だと思うが、採っても採っても従業員が辞めていってしまうため、採用のハードルを下げなければならないのだろう。
だから、冒頭に書いたように、実際に働いてみるまで業務内容や職場環境の良し悪しは分からないのである。
ただ、僕は運が良かった。
この次にアルバイトとして勤務した職場は非常に自分に合っており、求めていた「精神的にも自由な職場」に十分当て嵌まるものだったのだ。
今回のケースと同様に、無料の求人媒体から「身なりの自由が利く職場縛り」で探し出して、一か八かで応募したにも関わらず、当たりだったのである。
それによって、少ないながらも収入が安定し、気持ちも前向きになり、僕はようやく夢への第一歩であるバンド活動をスタートさせることが出来たのだった。

続く。

2021.02.17追記

つい先日引っ越しをした際に昔の写真をたくさん発掘したので、今後はコラムに書いた時期と同時期の写真を参考資料として掲載していくことにした。
当記事など既に公開済みの過去の記事についても追記という形で当時の写真を掲載していくことにする。

そして、下の写真がこのコラムに書いた、NIRVANAフリークだった時期の僕である。

PROFILE

Ape(エイプ)

1983年2月16日生まれ。
音楽活動として2001年より戦慄のオルタナティヴ・ロック・バンド『Very Ape』でヴォーカル兼ベースを担当。
自営で、アパレル&バンドグッズECサイト運営、プリンタブルTシャツ卸売、Webサイト制作などの事業を行っている。

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